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【聖天信仰】御賽銭は、先?後?

お賽銭箱僧侶様の説法
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読者投稿:瑞鳳天祥様

本日のお話しは、御賽銭に付いてお話し致しますが此の内容は、聖ママ様のコメントで書いた内容で御座いますが聖ママ様より此方へも投稿して戴きたいとの温かいお言葉を賜り再度此方へ投稿致します。

尚、内容の一部が聖パパ様と重複して居る部分も御座いますのでご容赦下さい・・・・。

さて、皆様に置かれましては、日々御精進の事と存じます。

往々にして寺社の参拝時には、些少ながら御賽銭や浄財を喜捨為されて居られるかと思えます。

此の御賽銭と浄財の意味に関しては、聖パパ様が別項で解説戴いて居るので割愛致し御賽銭のみ御浚致しますと御賽銭は、一般的には、礼拝前に納める方が多く居られます。

【聖天信仰】賽銭と浄財の違い
賽銭箱と浄財箱 寺社に参拝されれば、お賽銭を入れると存じます。 お気付きの方も多いかと存じますが...

では、御賽銭は、何の意味が有って納め礼拝前では無く後から納めるのは、失礼に成るのかと疑問が生じます。

其の疑問に対して一つの解説を同門の僧侶(愛知県豊川稲荷に奉職)から伺った話ですが・・・。

曰く「供物や香資、浄財は、其処に祀られて居る神仏への献上に当たり礼拝前が相当だが御賽銭は、参拝出来た御縁に対しての感謝の気持ちを現す意味なので礼拝後に報恩感謝の気持ちを込めて納めるのが肝要では無いでしょうか?」其の言葉を受けて成る程と得心出来た次第ですが参拝者の中には、御賽銭の多少で願いを聞いて貰おうとする方も少なからず居る訳で、賽銭だけの祈願(チャリンコ参り→小銭だけで願いを聞いて貰おう)は、先ず以て聞いて貰えません・・・。

其の理由は、チャリンコ参りの殆どは、棚ぼた信仰若しくは、神仏と金額で取引しようと下心が御座いますので流石に慈悲深い方でも眉を顰めますし御祖先様が其の不心得を諌める為、願意を打ち消してしまいます。

無論、御供物や香資等に関しても同様に納めさせて戴くのは、其の神仏に対しての報恩感謝と心から歓んで戴きたいとの心の現れですから其の意味を履き違えては、元の黙阿弥で御座います。

では、祈願成就の為には、如何に致せば良いかと申しますとやはり餅は、餅屋でプロに頼むのが肝要で行者や僧侶は、其の事をきちんと踏まえて御祈祷致しますから願意成就も早く成ります。

其処で祈願者は、お布施の形で財施を致しますが其れは、施主様から一方的な行いでは、無く僧侶や行者は、祈願、法要、説法等を通して施主様に法施を行います。

御賽銭に関しては、本義を踏まえれば礼拝後に心を込めて納めると成りますが別に心を込めて納めるならば後先に拘る必要は、無く何より神仏の御前に向かう〔自身の心〕が重要ですから其の事を込めて参拝為されると宜しいかと存じます。

言い方を変えれば「月影の至らぬ里は無けれども望む者の心にぞ有り」との様に神仏の前では、隠し事は、おろか其の本心も御存知ですし慈悲の光、功徳を授かるか否かは、其の人の心を基点とした日々の行いで御座います。

則ち、慈悲の光は、月影の如く遍く等しく照らして居ます。

しかし望む者の心が曇って居ては、春の霞の如くにくすんで見えます。

逆に明鏡止水の如く心を澄まして望めば其の慈悲深い光に包まれ安心(あんじん)を戴く事が出来ます。

天祥 九拝

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