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自縄自縛

猫(瑞鳳天祥様)僧侶様の法話
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聖天様に聞きたいことある人▶

執筆者:瑞鳳天祥

今日は、自縄自縛と云う事に付いて考察してみましょう・・・

言葉の意味としては、自分で縄を綯って自分を縛る意味で御座いますが一体、如何なる縄を綯い自身の何を縛って居るのでしょうか?

これを分かり易く説明しましょう・・・

日々の生活の中人は、先の見えない事に対して様々な思いを巡らせます。

希望、不安、混沌とした思いで御座います。

中でも不安と申しますは、ほんの少しでも疑い始めると心の全てを覆うように広がります。

喩えるならば水を張った桶に一滴の墨を落とす様なものでたった一滴の墨で有っても其の墨は、まるで生き物の様に水面を被います。

此の現象は、心も同じ事が謂えるかと存じます。

心とは、常に移ろい易く時々に応じて多様な象を見せます。

謂わば穏やかな水面に一陣の風が吹き其の水面は、漣を立てざわめき、一滴の墨を垂らせば其の墨は、瞬時に拡がる様にほんの些細な切っ掛けで不安と申しますものは、暗雲の如く拡がります。

そして其の不安が元に様々な負の考えが頭をもたげ更に不安や疑心暗鬼に陥り自身を苦しめます。

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是がが自縄自縛の状態で御座いまして自分の心が作り出した幻影に怯え心に囲いを作り出す即ち困る状態で御座います。

この状態が続くと身体に歪みを起こし人身共に具合が悪く為ります。

これが自念障害と申しますが自念と申します通り自身の念で不調をきたして居る状態に御座います。

先程より念と申して居りますが念とは、自身の思いが作用として現れたもので善くも悪くも心の動きに比例して作用致します。

其の原理とは、謂わば潜在意識の具現化と謂えるかと存じますがユングの提唱した心理学を引用致しますが人間の顕在意識(五感の刺激に依って得られる情報や意識的に変化可能な心の動き等)は、あくまで氷山の一角の様なもので其の水面下には、潜在意識が存在し尚且つ潜在意識は、個体毎では、無く共有意識として存在すると有ります。

謂わば潜在意識とは、顕在意識の影響は、受けるものの其の水面下に有る存在は、応にブラックボックスで御座いますが心の動き等には、敏感に反応致します。

又、其の潜在意識の影響は、無意識の行動や念として作用致しまして現実世界にも多少成り影響致します。

此れは、願意成就にも同様の事が申せまして「苔の一念岩をも通す」の如く其の願意が強く鮮明で有れば潜在意識に作用し念として発動致しますから叶い易く成ります。

逆に不安が有りますと先程の通り願意より不安が強く作用致しますから潜在意識も其の様に作用致します。

更に呪や怨み妬み嫉みは、同様の作用を致しますが先の潜在意識の共有から自身にも確実に自身の放った念と同じ分自身にも相応作用を致します。

是が因果応報の原理の一つで御座いますし「人を呪わば穴二つ」の由縁で御座います。

お話が逸れましたが自縄自縄等の自念障害から抜け出し願意を達成する為には、如何に致すかですが既にお解りの通り如何に心を動かすかで御座いまして改善させるには、先ず不安や原因を除く必要が御座います。

では、如何にすれば良いのでしょうか?

答えは、至極簡単で御座いまして要するに原因を除けば良い訳ですからその不安材料を明確にして対処を考える事が肝要で御座います。

具体的に申し上げますと先ず心を上手に動かす為には、知識も然る事ながら【智恵】が重要で御座います。

智恵とは、佛様の教えで有ったり先人の遺した様々な教えで御座います。

先ず其の智恵を身に付け実行し心と上手にお付き合いを致します。

此れは、些か時間が掛かる事なので最終目標と致しまして一つ簡単な方法を御説明致しますが此れは、願意達成や自縛から逃れる方法と共通なので願意達成を主体でお話致します。

先ず紙とペンを二枚用意します。

其処に先ず一枚目に自身の抱える不安な事柄や想い負の感情を思いのまま具体的に全て書き出します。

謂わば其の不安や負の感情を具現化、可視化致します。

次は、二枚目の紙に其の願意や自身がどの様に成りたいかを具体的に書き出し対して何が出来るか今出来る事や今後どの様な事をしたいか等の予定等も出来るだけ具体的にイメージしながら書き出し尚且つ叶った自身の状況等が書き出せれば尚宜しゅう御座います。

其の作業が終わったら一枚目の紙を燃やして下さい其の際重要な事は、其の燃える紙と共に全ての負の感情が燃え尽くされる事を鮮烈にイメージする事です。

後は、其の灰を荒塩と混ぜトイレや近くの川に流して終いましょう…。

後は、二枚目の紙を再度読み直し出来る事は、実行し願意達成や成りたい自分へと舵を切る事と成ります。

後は、拘らず結果をお委せ致す事です。

拘りは、時として視野を狭め答えを隠します。

故に筋を通しながらも柔軟で客観的に見る事が肝要で御座いますし往々にして願意や苦しみから逃れる為、神仏に縋り願う訳ですから縋る以上必ず思し召しは、戴けます。

故に必要以上に拘る必要も無ければ喩え不安と申します一滴の墨が落ちるとも無理に抑えたり消そうとせず受け流す事が肝要で御座います。

全ての事柄は、糸のように唐草模様の如く繋がって居ります。

要は、過去は、現在を創り現在は、未来を創り出すのです。

故に今と云う刹那をしっかり見据えて足元を固める事に依り未来は、自ずと明るいものと成ります。

謂わば過去に執着したり後悔が有るならば現在を見直せば宜しゅう御座いますし世は、諸行無常ですから似た現象が有っても其の刹那に依って現象も変わる為、同じとは、申せません

更に過去に対して様々な「○○たら、○○れば」と悩み憂き目の心に拘るならば自身を赦し其の心が調う迄休む事が肝要で謂わば時薬と申します藥を服用する事です。

時薬とは、時間の流れですから其の流れに従い心も変化致します。

さすれば見えなかった答えも見付かったり様々な変化が御座います。

ですから未来を心配する前に今を観て大切にする事が肝要で御座いますし何より安心を求めるならば自身の心を知る事が肝要で御座います。

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聖天様に願い叶えて欲しい人▶

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  1. 匿名 より:

    連投申し訳ありません。昨日、夢に聖天様に来て頂けました。何も言わずお互いじっと見つめ合っているだけの夢でした。でも、何か伝えたくて現れて頂けたのだと信じて、もう一度、心より聖天様とお付き合いさせていただけたらな。と思います。

    • 天祥 より:

      其れは、重畳な事で御座います。
      謂わば貴方様の嘆きに対してお姿を顕されたと思いますし「我は、此処に有って汝と共に在り又、嘆きも知って居る」との事かと存じます。
      何も申され無いのは、我が姿を見て何を思いこれから如何に進むかを問われて居られるでしょうし汝を見捨てた訳では、無い事の証と存じます。
      故に貴方様が感じた事を素直に申し上げ此からの糧に成される事が肝要かと存じます。

      天祥 九拝

      • 天祥 より:

        此方も連投と成りますが御容赦下さい。
        親と申します漢字は、木の上に立ち見ると書きますが其れは、我が子に其の存在を示し又、如何なる場に子が居て何をして居るかを確り見守って居る事を意味致します。
        然れど親心子知らずの言葉の如く子は、親の想いとは、裏腹に自分の事を中心に考え行動致しますし御都合主義で御座います。
        故に親は、子を見て如何に接するかを日々悩む訳ですし更に子は、親に対して「お試し行動」を以て自身への愛情を確かめる為、様々な問題行動を致します。
        其のお試し行動に対しても親は、真摯に対応致します。
        何故なら親は、お試し行動に対して真摯に対応し無ければ子は、誤った道を歩むからですし更に情を求め更に難しい問題行動を起こす事を知って居るからです。
        此は、神仏も同じ事が言えるのでは、無いでしょうか?
        謂わば子を思い導かんとして日々考えて居りますが子で有る我々衆生は、其の心を知らず勝手気儘に致して居ります。
        其の割に子は、困った時だけ親に縋る訳ですが親は、そうと知って居ても子を慈しみ導びいて下さいます。
        しかし幾ら親が子を慈しみ深く接するとも道を誤らぬ様時に問い掛け、時に叱る訳です。
        其れは、我が子を思うが故に夛田をこねても与えない時が該当致します。
        此と同じ様に聖天様含め神仏が優しく有っても全てを叶えず試練を与える理由で御座いますが其れは、我が子を大切に思うが故ですし子の成長を願うが故で御座います。
        甘やかす事は、実に簡単ですが子の成長を阻害致します故に子の心を知りつつも常々見守って居られますし時にお目こぼしを致して居ります。
        其れが御利益かと存じますが決して甘やかす為では、無く時に応じて其の子の成長にに合わせて下さる訳ですから有り難しなのです。

        貴方様に姿を顕されたのは、貴方様の心に問い掛けて居りますから貴方様が望むならば其の御縁は、途切れる事は、無いかと存じます。

        天祥 九拝

  2. 匿名 より:

    聖天様に祈願しても叶わないので、今はあてにしないようにしております。
    願いが叶わぬ時に落胆し、それでもとすがりましたが叶いません。自分は聖天様に叶えて頂ける人間ではないと悟りました。祈願を続けておりますが、疲れました。きっと叶えて下さると信じ、記事の内容も何度試したか。
    人間は弱い物ですね。

    • 天祥 より:

      仰る通り愚僧を含め人は、大変弱い存在ですし極端な話、野生動物よりも弱い存在で御座います。
      更に心と申すものは、強い様で大変脆く移ろい易い存在で御座います。
      只、貴方様は、聖天様含め神仏より大変有り難い教えを戴いて居ります。
      其れは、人の弱さ、心の弱さを身を以て教わった訳ですし信仰に関しても其の真意を問われて居られます。其の内容とは、汝の信仰とは、願意成就が目標なのか?其れとも其の先の安心を得る事が目標なのか?と申されて居られる訳です。

      お話を伺う限り貴方様の場面は、取引信仰の部分が御座います様で願いが叶うから其の手段として信じて見ようか祈願して見ようかと申します部分が御座います。
      確かに聖天様含め神仏の教えには、多くの御利益が語られて居りますが其の事は、紛れも無い事実で御座います。
      故に願意成就を切っ掛けとして信仰為される事は、誤りでは、御座いませんし其処から深い信仰へと入る事で有れば問題御座いませんが問題なのは、困った時の神頼みや信仰するから願意を叶えて等の取引信仰で御座います。
      此は、如何に慈悲深い神仏で有っても眉を顰めると申しますか信仰の根本を正す意味で問い掛けは、致しますが意の如くには、叶えて頂ける事は、有りません。

      要するに一度、突き放す訳ですが見捨てた訳では、御座いません考える様、促して居られる訳ですから未だ願意が届か無いのは、貴方様の心か信仰に誤りが有る事を問われて居られるかと存じます。
      確かに人は、無力な割に高慢で我が儘で御座います。
      愚僧が思うに抑も願意成就とは、正しい信仰の副産物と捉えて居りますし極端なお話、神仏のお目こぼしとも言えるかと存じます。
      況して信仰とは、信じ尽くして仰ぐ訳ですから人間都合で叶えて頂ける事は、砂の山から塩の一粒を探し当てる程、大変有る事が難しい訳ですし稀な事で御座います。

      其の御縁を頂けるのは、慈悲以外のものは、無く有る事が当たり前では、御座いません
      只、聖天様は、他の神仏の叶えぬ願いも聞き届けると申して居られる訳ですが当たり前に全てを叶えるとは、申して居りませんし叶う叶わぬもお心次第で御座います。
      かと言って其の御縁が無いとは、言えませんし其の証明に貴方様は、信仰、祈願を許されて居りますし更には、今現在も衣食住に困らない日本に生まれ御加護を戴いて居る訳ですから見離された訳では、御座いません

      何よりの証明は、貴方様よりも業の深い愚僧自身が戒、僧籍を戴いて修行を許されて居る訳ですから其の事を踏まえれば必ず信仰の証は、頂ける訳ですし今一度、信仰に対しての心の在り方や日々の行いに目を向けられては、如何でしょうか?

      天祥 九拝

      • 匿名 より:

        そうですね。取引信仰かも知れません。 聖天様を知れば知るほど、自らが歓喜しなければと思い、又、どの様に接していけば喜んで頂けるのか考え、店に入るとついつい聖天様のお好きそうな物を探し、お札にお供えさせて頂き、不殺生、不悪口等を意識し、ご住職に相談し、生活を改め、近所のお堂の清掃を行い、少ないながらもご祈祷をお願いし一心不乱にお願いさせて頂いたつもりです。
        しかしながら、願い叶わずに幾数年過ぎ、全てを無くし、避けたい出来事が全て降りかかり「つぎはきっと叶えて頂ける様な人間になろう」「聖天様におすがりすれば悪い事があっても心願成就の為の通過点」と思って過ごしてきましたが、もう疲れたのです。
        「聖天様は助けて下さる。聖天様に願えば叶わぬ願いはない」そう思っておりましたが、私は聖天様に見つけて頂けない人間と思います。因があって果が有るため、私の因は大きな物で数年願った位では聖天様から祈願成就を頂けない位の愚か者です。只、聖天様に期待をするのは諦めましたが、来世で願い叶う様に今も祈願をさせて頂いております。

        • 匿名 より:

          天祥様、私の様な者にお返事ありがとうございました。御礼が遅くなりました事、お詫び致します。

          • 天祥 より:

            答拝
            お返事が遅れるのは、一向に構いませんし御都合に合わせてでも問題御座いませんよ
            只、愚僧自身そうでしたが得度に至る迄、様々な経験が御座いましたし辛酸を舐め寂寥の思いに馬齢を重ね幾度、大謗法を侵す事が有ったかは、数知れず、其の中やっと今、僧籍を戴いて修行を積む事を許されて居ります。
            塗炭の苦しみは、本人にしか解りませんが少なくとも貴方様自身が求める限り証は、頂けるかと存じます。
            故に仏縁を信じ今出来る範囲で為される事、そして今までの経験から学ぶこと肝要かと存じます。

            天祥 九拝