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不動明王尊像彫刻のこと

不動
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小坊主
小坊主
前回のお話は湛海律師が生駒でお不動様に八万枚護摩供を修するというお話だったけど覚えてる?
湛海律師、生駒で八万枚護摩供を修するのこと
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小坊主
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八万枚の護摩供も無事に終わり、その年の秋8月、像高二尺八寸の不動明王の坐像を湛海律師が自ら刻まれた。
女性
女性
像高二尺八寸の不動明王の坐像というと、1寸が3.03㎝なので2尺8寸で84㎝位の大きさですね!

宝山寺 般若窟 弥勒菩薩像

小坊主
小坊主
1681年、延宝9年、奥州福島にあった家老、梶金平一雄より、亡息女の追福にと金一封が贈られ、
小坊主
小坊主
大宮の仏師院達に弥勒菩薩像を鋳造せしめ、翌、1682年、天和2年の正月、般若窟の本尊として安置された。
女性
女性
法橋院達さんと湛海律師は旧友だったんですよね?
小坊主
小坊主
らしいね。
女性
女性
1679年、延宝7年6月26日の国替えにより、梶氏も主君、本多忠国に従って、陸奥の福島へと移られたんでしたね。
小坊主
小坊主
そして、1679年、2月、梶金平一雄さんは播磨の国に移っている。
女性
女性
播磨の国は、現在の兵庫県南部ですね。

宝山寺 般若窟 看板

小坊主
小坊主
そして、7月の頃、息子の梶民部一英を施主として、工人に虚空蔵菩薩の坐像を鋳させ、自らの手で彫刻し、弟子等とともに磨いて般若窟中に安じられた。
小坊主
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1683年、天和3年には、院達に十一面観音の造立を命じ、翌、1684年、天和4年2月18日に常念観音院の本尊として祀られた。
女性
女性
法橋院達さん、大活躍ですね!
湛海律師
湛海律師
これらの仏像、お堂も金平の布施によるものである。
女性
女性
そして、梶金平一雄さんも!こうして宝山寺は着々と出来上がっていくんですね。
小坊主
小坊主
天和4年は、2月21日に改元されて貞享元年となり、同年夏の頃、ご自身で黄銅製の小宝塔を鋳造されている。
女性
女性
本当になんでも出来るお方ですね。
小坊主
小坊主
次回もお楽しみに!

合掌
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聖天様と湛海律師

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