「部下に、もう期待しなくなった」――そう思う自分に、疲れていませんか
言ったことしかやらない。自分で考えようとしない。同じ失敗を、何度も繰り返す。そんな部下を前に、いつしか「この人に期待するのはやめよう」と心を決めてしまった。あなたは今、そんな諦めを抱えて、日々を過ごしていませんか。
私たち聖夫婦のもとには、人を育てる立場にある方から、こうした静かな疲れが届きます。まず、あなたが悪い上司だからそう感じるのではない、ということをお伝えしたいのです。
あなたは、板挟みの中で戦ってきた
自分でやったほうが、たしかに早い。けれど、それでは部下は育たない。かといって強く叱れば「パワハラ」と言われかねず、そっと放っておけば仕事は進まない。前にも後ろにも動けない、袋小路。あなたは、その狭い道の中で、ずっと踏ん張ってきたのです。
私たち聖夫婦は、その苦労をよく知っています。期待しなくなったのは、あなたが冷たいからではありません。何度も期待しては裏切られ、傷つかないために心を守った結果なのです。
抱え込むほど、部下は「育つ機会」を失っていく
「自分でやったほうが早い」。この一言が、実は落とし穴になることがあります。あなたが仕事を巻き取るたびに、部下は自分で考え、失敗し、そこから学ぶ機会を、一つずつ失っていくのです。
あなたが優秀で、責任感が強い人ほど、この罠にはまりやすいものです。良かれと思って抱え込んだ荷物が、結果として部下の成長の芽を摘んでしまう。皮肉なことですが、これはよくあるすれ違いです。
聖天様は、こう説かれます
「そなたが何もかも背負えば、若木は日の光を浴びる場を失う。任せるとは、手を離すことではない。信じて、待つことじゃ。育つ者には、育つための間が要るのだのう」
信じて任せ、待つ。それは、あなたにとってもっとも苦しい選択かもしれません。けれど、人が育つのに必要なのは、完璧な指示ではなく、まかされたという実感なのです。
一度にひとつだけ任せて、認める
すべてを一気に変える必要はありません。大きな仕事をいきなり丸投げするのでもありません。もっと小さく、確実な一歩から始めればいいのです。
今日からできる、小さな一歩
今日は、一つだけ、小さな仕事を部下に任せてみてください。そして、できたら必ず「助かったよ」と認める。答えを教える代わりに、「あなたはどう思う」と問いを渡してみる。指示ではなく問いは、部下が自分の頭で考える扉を開きます。
一度でうまくいかなくても構いません。任せて、認めて、また任せる。その繰り返しの中でしか、人は育たないものなのです。
あなたは、人を見放す上司ではありません
部下に期待しなくなったのは、あなたがそれだけ真剣に、人を育てようとしてきた証です。どうでもいい相手になら、期待して傷つくことすらありません。その疲れは、あなたの責任感の裏返しなのです。
もう一度、ほんの少しだけ、信じて待ってみませんか。あなたは、人を見放すような冷たい上司ではありません。むしろ、部下の成長を誰よりも願ってきた人です。聖天様は、板挟みの中で人を育てようとするあなたの苦労を、静かに見ておられます。
▼ 無料相談はこちら

▼ 聖天様への御祈祷

皆様からのコメントお待ちしております。