聖天様鎮座のいわれ-興法寺の聖天編

興法寺
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聖天様鎮座のいわれ

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【創建】

舒明天皇の頃(629~41年)役行者小角が、堂宇を建立したのを開基とする。
役小角えんのおづぬは、飛鳥時代の呪術者。役行者、役優婆塞などとも呼ばれている。日本独自に発祥・発展した山岳信仰である修験道の開祖と言われる方。
堂宇どううは、四方に張り出した屋根(軒)をもつ建物のことを指しますので、役行者が本堂を建立されたということです。

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【興法寺の聖天様は】

伝説では、千手寺を開いて神並村こうなみむらにあった役行者は、生駒山の東に吉祥を表す雲がたなびくのを見て、氷室滝ひむろのたきという滝に近づいてみると、そこに氷室権現ひむろごんげんという神があらわれて、聖天像を授けられたといいます。

さらに時は下って平安初期は弘仁六年(815)、弘法大師空海がこの地に参籠のおり、九頭龍くずりゅう権現が出現して、役行者が授けられた聖天像を空海に授けます。

そこで弘法大師は、この地に諸堂を建立し、鎮護国家の道場としたと伝えられています。

しかし、南北朝時代は正平三年(1348)に起こった四条畷合戦によって諸堂消失。永禄六年(1363)に大西丹後守浄味が再興し、参道に桜を植えたといいます。

815年(弘仁6年)に弘法大師が興法寺で修行し、歓喜天像を安置、後勧修寺宮の院となり、朝廷より金剛乗院の称を賜ったとあります。安置されたのが、伝説のような聖天像なのかどうかは分かりませんが、空海が安置したのは確かなようです。

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