伝えたいことがあるのに、言えないまま持ち帰っていませんか
私たち聖夫婦のもとには、働く場での関わりについて、多くのご相談が寄せられます。なかでも近ごろ増えているのが、人を育てる立場にありながら、「パワハラ」という言葉があるがゆえ、必要なことを伝えられずに苦しんでいるというお声です。
たとえば、ある五十代の男性の相談者様は、任せた仕事の中身がどうしても物足りず、このままでは本人が困ることになると分かっているのに、強く言えば角が立ちそうで言葉を選んでいるうちに、結局何も伝えられずに終わってしまう、と打ち明けてくださいました。厳しくすれば責められるかもしれない、黙っていれば育たない。そのどちらにも進めない場所に立ち続けている。そんな方は、決して少なくないのです。
もしあなたが今、同じ重さを抱えているのなら、まずお伝えしたいことがあります。言葉を選んでいることは、弱腰ではありません。相手を傷つけたくないという気持ちが、あなたの中に確かにあるからこそ、そこで立ち止まっておられるのです。
飲み込んだ言葉は、伝わらないまま態度ににじみます
言わずにおくと、その場は穏やかに収まります。けれど伝えられなかった思いは消えるわけではなく、あなたの中に残り続けます。そして、ため息や間の取り方、目を合わせない一瞬といった形で、少しずつにじみ出てしまう。
受け取る側からすれば、何が良くなかったのかは分からないまま、空気だけが重くなります。これは双方にとって、いちばん実りのない状態です。伝えなかったことでかえって距離が開いてしまう、という皮肉がここにあります。
もうひとつ、あなたを縛っているのは「どう受け取られるか分からない」という不安でしょう。同じ内容でも、言い方や間柄によって受け止め方は変わります。だからこそ、正解のない綱渡りのように感じられる。その心細さは、決して大げさなものではありません。
聖天様のお言葉
「そなたは、憎うて言うのではない。育てとうとして言えぬのじゃな。その違いは、ワシにはよう見えておるぞ。じゃがな、伝えぬ優しさは、時に相手の足を止めてしもう。人柄を裁くのではのうて、仕事の中身を指すのじゃ。そして、直してほしい形を一つだけ添えてやりなされ。それは責める言葉にはならぬ」
人そのものを評する言葉は、相手を身構えさせます。けれど、仕事の中身と、望ましい形を具体的に示す言葉は、受け取る側に足場を残します。聖天様が「一つだけ」と仰るのは、一度に多くを渡すと、相手が自分を全否定されたと感じてしまうからにほかなりません。
一人で抱えないための、小さな一歩
伝え方を工夫することは、遠回しにすることではありません。相手に届く形を選ぶ、ということです。
人ではなく、仕事の一点を指して伝える
「詰めが甘い」「意識が足りない」といった言い方は、人柄への評価として受け取られます。そうではなく、「この項目の根拠を一行加えてほしい」というように、直せる一点を具体的に示してください。
これは手加減ではなく、相手が動ける形にするための工夫です。抽象的な評価は相手を縮こまらせますが、具体的な一点は、次の一歩になります。
伝えたあとに、こちらの意図を一言添える
「任せたいと思っているから伝えている」。この一言があるだけで、同じ内容でも受け取られ方は変わります。
言い訳のように思われるかもしれませんが、そうではありません。何のために言われたのかが分かると、人は言葉を受け止めやすくなります。あなたの本当の動機を、あなた自身の口から出しておくということです。
それでも判断に迷うときには
伝え方に迷いが続く、あるいは自分の関わり方が適切か自信が持てないというときは、一人で結論を出そうとせず、社内の相談窓口など、第三者に事情を聞いてもらう道もあります。人を育てる立場の方が誰にも相談できないまま孤立してしまうことは、決して珍しくありません。
聖天様は、他の諸仏諸神に願っても叶わなかった願いさえ聞き届けてくださる、最後の砦とも称される仏教の神様です。言えないまま持ち帰り、家でも考え続けてきたあなたの夜を、聖天様は静かにご覧になっておられます。
責められることを恐れながらも、なお相手のためを思ってきたあなたに、心が軽くなる一滴が届きますように。その迷いこそが、あなたの誠実さの証です。
聖天様に願いを託したい方へ
もし、聖天様に直接お願いごとをお伝えしたいとお思いでしたら、私たち聖夫婦が心を込めて祈祷を承っております。仕事の安定と人の縁の和合を願う祈祷は、こわばった場の空気をそっとゆるめるものと言われています。ご縁があればで結構です。よろしければ各種御祈祷のご案内をご覧ください。無理のない範囲で、あなたの心が少しでも軽くなることを願っております。
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