世の中には聖天様のことを怖い神様とか祟神とか根も葉もない噂が飛び交っています。それを真に受けて聖天様への信仰を躊躇される人も多いです。まぁ、その結果も御縁と言えば御縁なのですが、間違いは間違いとして正しておく必要はあると存じます。
聖天様への信仰は一生涯の信仰です。といいますか聖天様に限らず、如何なる神仏様であっても一生涯の信仰です。苦しい時の神頼みでは本物の御縁とは言えず、ご利益も授かりません。
他の神仏様はともかく、聖天様への信仰を始めて途中で止めると罰が当たる!という都市伝説があるようです。酷い言い方になると「祟られる」という都市伝説も御座います。
私から言えば「祟られる」と言う根も葉もないことを広める者こそが罰当たり者に存じます。
聖天様への信仰は一生涯の信仰ですが、途中で止めたからと言って罰など当たりません。もちろん祟られるなんてことも絶対に御座いません。ただ、聖天様から御縁を授かる、聖天の法に出逢うことは奇跡であり、この聖天様との御縁を手放せば、もう次の奇跡は皆無と存じます。
聖天様を信仰し、途中で止めた人の中には、聖天様への信仰を途中で止めた途端に、悪いことが起きたとか、悪いことが続くとか、あたかも聖天様からの罰や祟が如く、聖天様に責任転嫁する人がいますが、それは聖天様への信仰を途中で止めて罰が当たったのでも祟られたのでもなく、本来ならば聖天様が悪しきことから御守護して下さるところ、自ら聖天様との御縁を離したことによって、御守護されなくなり、因果応報など受けるべくして受けた悪しき結果と言えます。
もし、聖天様は怖い神様とか、聖天様は祟神とか、聖天様への信仰を途中で止めたら罰が当たるとか、根も葉もない噂を信じて、聖天様への信仰を躊躇されている人が居ましたら、聖天様への信仰を途中で止めても罰など当たりませんし、ましてや祟られるなど決して御座いませんので、安心して聖天様を信仰されて下さい。
聖天様を正しく信仰し、本物の御縁となれば、自然と聖天様との御縁に離れられなくなります。仮に聖天様への信仰を途中で止めても、それは御縁が無かったというだけであり、それによって罰も祟りも御座いません。
合掌
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