聖天様は怖い神様だから失礼したら大変

怯えて泣く男性
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日々無料相談を受ける中で感じることですが、まだまだ聖天様のことを、怖い神様だというイメージを持つ人が多いようです。

その怖さから『失礼があっては大変』という怯える意識が生まれるようで、聖天様の寺院へ参拝に行きたくても行けない人や、参拝に行っても失礼したら大変だと、変に怯えて緊張してしまう人がいるようです。

どこで見聞きして聖天様のこと怖いと怯えているのか存じませんが、そんな怖がることは全く御座いません。

仮に失礼あって怒るとしても、それは聖天様に限らず、ほか諸仏神様でも同じです。

あたかも聖天様に限って、怖いとか祟られるとか、謝った情報に惑わされている人が多いようですが、そんなに神経質にならずとも大丈夫です。

これより、聖天様のことを怖い神様だと思う人が言う『失礼』を『無作法』と言い換え、説明したいと思います。

そもそも、聖天様に対する不作法を大枠で分けたとしたら、『知った無作法』と『知らぬ無作法』が存在します。

知った不作法を働いた場合は、怖い場合も御座いますが、それは聖天様に限らず、他の諸仏神様でも同じことです。

知らぬ無作法を働いた場合は、決して怖いことなど無く、それも聖天様に限らず、他の諸仏神様でも同じことです。

また多くの人は、行動に対する不作法ばかり注意しようとしますが、最も注意しなければならないのは意識の無作法です。

仮に行動が正しい作法であったとしても、無作法な意識で行えば、これ無作法となって聖天様は怒るかもしれません。

仮に行動が無作法であったとしても、意識が正しい作法であれば、これ無作法であっても聖天様は決して怒りません。

間違った作法の行動であったとしても、それを知って行ったのか、それとも知らずと行ったのか、これ大きな違いです。

例えば、あぐらを組んで拝むのは不作法ですが、それを不作法と知りながら、あぐらを組んだのか、あぐらを組むことが不作法とは知らず、あぐらを組んだのか、これ大きな違いです。

何事も不作法だと知って行った不作法に対しては、聖天様が怒る前に御眷属のビナヤカらが怒るでしょうし、何事も不作法だと知らずに行った不作法に対しては、聖天様も御眷属も怒りません。

これ聖天様に限らず、他の諸仏神様でも同じです。

無作法だと知った上で行った不作法は許されません。

無作法だと知らず良かれとした不作法は許されます。

聖天様のことを怖い神様だと怯えなくても良いです。

失礼があっては駄目と変に緊張しなくても良いです。

聖天様に向き合う心が清く正しければ、仮に不作法であっても、後で気が付いた時に謝れば許して下さいます。

これからは間違った情報に惑わされず、どうぞ安心して聖天様を信仰して下さい。

皆様は聖天様に不作法を行った経験が御座いますか?

良かったらコメントで教えて下さい。 🙂

合掌

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聖天様 怖い

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