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【聖天信仰】仏壇とは

溢れ日(瑞鳳天祥様)聖天信仰
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読者投稿:瑞鳳天祥様

本日は、仏壇に付いてお話をさせて戴こうかと存じます。

一般的に仏壇と申しますと御本尊様が有って位牌が有り其の他、金銀等の装飾品が有り仏具が有って手を合わせるものと言うのが一般的で基本的には、位牌とセットの感覚の方が多いかと存じます。

さて此の仏壇で御座いますが本来の形から致しますと名前の通り仏様の壇、謂わば須弥壇(しゅみだん)を意味し仏樣を安立する一番高い位置を示し仏樣の居られます須弥山に有ります宮殿を模した形で御座います。

要するに浄土に有ります宮殿の形を顕し寺院同様の設えですから小型の寺院と考えると解り易いかと存じます。

さて寺院や仏壇が何故に金銀や漆等の高級品を用いるかと申しますとお経の一節にも御座いますが浄土は、金銀、瑠璃、瑪瑙等の池が有り宮殿は、宝石類で出来て居ると言われる事に縁起が御座いまして誰にでも浄土を間近に感じられる樣にとの事に由来致します。

其の例が平泉の中尊寺や毛越寺等で贅を尽くした設えとが有名で御座いますが当時の方々は、其の設えから浄土への憧れを感じたそうで御座います。

さてお話しを戻しますが仏壇(厨子)は、本来浄土を模したもので何故に位牌を置くかと申しますと祖霊が浄土へ赴く事を願う意味や家屋の問題が有る為で御座いまして本義を照らし合わせますと位牌が主体では、無く仏樣が主体で御座います。

故に寺院では、位牌は、位牌堂等に納め須弥壇には、御納めま致しません

時折、仏壇が位牌が主体と成って居たり物故者が出る前に購入すると縁起が悪いと申しますが其は、全くの迷信で御座いますれば自宅に仏樣を招き日々手を合わせる事は、肝要な事で御座います。

先にも申し上げた通り須弥壇は、仏樣の居られる場所で寺院と同じですから位牌が主体では、無く祀られた仏樣を通して祖霊の冥福を祈り又、日々の感謝や信仰に繋げるものなので御座います。

さて、御本尊様の繋がりでお話致しますが聖天信仰に置きましては、自宅にお札は、お祀り致しますが御尊像は、基本お祀り致しません

其の理由とは、御尊像とお札に違いが御座いましてお札は、寺院にお祀り致します御尊像の御分身で御座います。

しかし御尊像は、聖天様そのものの御霊を法要を行い開眼して御座いますから聖天様自身と捉えて戴いても過言では、御座いません

故に御尊像をお祀りするにあたり基本秘仏として十二条の律や様々な設えや作法が御座いまして設えだけでも寺院同様の設えを必要と致しますし作法も厳密且つ専門的知識を必要と致しますから一般の方では、先ず予算的な部分から難しいかと存じますし御軸を含め御尊像をお祀る事は、在家で有っても行者、僧侶として聖天様は、見られますから対応は、大変厳格に成ります。

聖天様は、在家信者様含め縋る衆生には、大変御優しい方で御座いますが聖天行者や御尊像を奉る僧侶には、大変厳しい一面も御座います。

其の理由と申しますと行者や僧侶は、聖天様に直接遣え縋る方々の祈願や法要を司る訳ですし謂わば聖天様の秘書の様なものですし況して聖天様の教えを伝え衆生を導く立場のプロで御座いますから其の教えに誤りや誤解が有っては、成りませんし正しく法を伝えるが故に聖天様も偉大な功徳を発顕致しますから些か厳しく接します。

其れは、謂わば聖天様の慈悲で御座いますし行者や僧侶は、望んで其の世界に身を置く訳ですし衆生を導く御手本で御座いますから間違いや心得違い等を起こさぬ様に厳格な御指導を致します。

要するに行者や僧侶で有るが故に聖天様も自ずと事細かに熱心に御指導される訳で御座います。

其の厳しい御指導の賜物が行者が皆様方に替わって御祈祷を通して逸早く御伝えし叶えて戴ける訳で御座います。

さて、皆様方の中には、如何にしても御尊像を授かりたい方も居られますが其の場合は、行者や僧侶にお願いして十一面観音様を開眼お祀りする事をお勧め致します。

十一面観音様は、菩薩様ですから大変温和な方ですし聖天様を仏道へ導かれた方ですから優しく導いて戴けますから御尊像を祀るならば十一面観音様をお勧め致します。

では、お札をお祀り致し後は、自宅だけで良いかと申しますとそうでは、御座いません

皆様の御事情により遠方ならば已む無い事ですが参拝が可能で致さないのは、些か失礼に御座います。

謂わばお札は、電話に喩えますが皆様のお心、お願い御供物は、日々のお勤めでお札を通して確かに聖天様に届きます。

然れどだからと言って参拝出来る環境に有って為さぬのは、電話でお話をしても直接、御尊顔を拝さない大変勿体無い事で御座いますし聖天様は、皆様の環境やお心の総てを御存知ですから遠方で来れぬなら無理をするなと仰せられますし来れる環境に於て怠惰で詣らぬ方は、何故来ぬと御指導致します。

謂わば聖天寺院に参拝出来るのは、御縁が有っての事ですし本当に縋るならば無理の無い範囲で御尊顔を拝し直接御縋りする事が肝要で御座います。

人は、誰しもそうかと存じますが相応の事情が無ければ電話で話すよりも直接お話する方が様々な意味で御互いの気持ちを感じる事が出来ます。

同様に聖天様も皆様の事は、総て御存知ですがやはり御尊顔を拝し直接お話出来る環境ならば直接お話戴いた方が宜しいかと存じます。

天祥 九拝

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