聖天様(歓喜天)は親であり、我々人間は子供です。
つまり聖天様(歓喜天)と我々人間は家族です。
これを大前提として話を進めて行きます。
聖天様(歓喜天)に願い事を祈願して、叶えて欲しいと思うなら、切羽詰った願いを本気で叶えたいと思うなら、最後まで読んで下さい。
聖天様(歓喜天)別居?同居?
あなたが親と仮定して、別居する子供から「お金に困ってるんだけど」と言われたら、心配はしますが「大丈夫?」なんて言葉を発する余裕が出ますが、同居していて何も食べれず居る我が子を目の当たりにすれば「大丈夫?」なんて発する暇など無く、何か食べ物を与えるかと思います。
あなたが親と仮定して、別居し何も面倒を見ない子供から「お金に困ってるんだけど」と言われるより、同居して全ての面倒を見てくれて大切にしてくれる子供から「お金に困ってるんだけど」と言われた方が、助けてあげたくなるかと思います。
よって、漠然とした願い事を祈願するなら、聖天様(歓喜天)と別居でも良いですが、切羽詰った願いを祈願するなら、聖天様(歓喜天)と同居すべきです。
聖天様(歓喜天)と別居して「助けてください」というより、聖天様(歓喜天)と同居して「助けてください」という方が良いに決まっています。
世間では「別居し親の面倒を見ない子供より、同居し親の面倒を見てくれる子供に財産を残してあげたい」という話が多いですが、これが人間の常で御座います。
それでは本題に入ります。
御守?お札?
日本を代表する聖天様(歓喜天)寺院である生駒聖天宝山寺と待乳山聖天本龍院で例えます。
生駒聖天宝山寺で浴油祈祷すれば聖天様(歓喜天)のお札を授かるか、ご遠慮するか選べます。
待乳山聖天本龍院で浴油祈祷すれば聖天様(歓喜天)のお札を授かるか、御守を授かるか選べます。(もちろん両方ご遠慮することも出来ます)
お札とは聖天様(歓喜天)のご分身です。
ご遠慮するのは勿論ですが御守を授かった場合でも聖天様(歓喜天)とは別居となります。
お札を授かり自宅にお祀りするということ同居となります。
御守は持ち歩こことが普通ですが、お札の場合は自宅に祀り、ロウソク・お線香・お花・お水・お大根など御供し毎日朝夕お勤めすることになります。
つまりお札を授かりお祀りするということは、親と同居し食事の世話をしたり、会話したり、一緒に生活することと同じで御座います。
さて、あなたが親として、御守という貴方の写真だけ持ち歩く子供と、お札という貴方を迎え入れ何から何まで世話をしてくれる一緒に生活する子供と、どちらも困ってると縋ってきたら、貴方はどちらの子供を優先して助けますか?
誤解のないように申しておきますと、待乳山聖天本龍院の御守にご利益がないと言っているのでは御座いません。
ただ、御守よりお札をご自宅にお祀りした方が、より良いという意味でありますので誤解のないように願います。
そもそも御守かお札か、いずれか1つという決まりはないので、お札を祀り御守を落ち歩くことが一番良いのです。(笑)
合掌
執筆者:聖パパ
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