聖天様(歓喜天)が大好きで、すっかり聖天様(歓喜天)信仰にハマり、お経を唱えたり、毎日の生活が、聖天様(歓喜天)修行♡という聖ママです。
ところで、般若心経を唱えながら、聖天様(歓喜天様)にどんな内容を唱えてるの?と気になったことはありませんか?
お経を唱えていると、様々な難しい言葉が並び、唱えるのも必至って感じではありますが、その一方で、内容について気になる方も多いのでは?と思いましたので、少しずつ調べて、内容や意味を解説していきたいな・・・と考えていたら、ちょうど般若心経の読み方を聖パパが投稿したので、これって、ちょうどいいタイミングでは??
ねぇ、ねぇ、私が般若心経の内容みたいなヤツ書くから、読者様ブログに載せてくれない?
はぁ?? なんで読者様ブログ? 聖ママとしてブログに書いてよ(笑) と言うか、今頃デビュー??
あはは・・・♡ 毎日「聖天様ブログ」のチエックは欠かさない♡という熱心な読者と化していた聖ママ(笑) これからはちょくちょく投稿します♡ので、読者の皆様応援して下さい!
般若心経登場人物
『般若心経』はブッダの弟子の一人であるシャーリプトラに、観音菩薩(冒頭に登場する観自在菩薩=観音菩薩)が教えを説く!というシチュエーションで話は進みます。
釈迦と仏陀
ゴータマ・シッダールタさんという方がいました。 彼は、釈迦という部族の王位を継ぐ王子でした。しかし、出家して、僧侶の道へ進み、後に悟りを開きます。 悟りを開いたゴータマ・シッダールタさんを釈迦族の優秀な人という意味を込めて、『釈迦』と呼ぶ様になりました。
『仏陀』とは、本来は悟りを開いた者を総称して呼ぶ呼称です。ですから、悟りを開いたものは本来は『〇◯仏陀』と呼ぶことができるわけです。聖ママが悟りを開けば、「聖ママ仏陀」となる訳です。そんな理由から『仏陀』と呼ぶに値する人が増えました。もちろんその中に、釈迦がいました。釈迦は『仏陀』と呼ばれる悟りを開いたものの中で、別格でした。結局、仏陀の中の『仏陀』と言われる釈迦一人を『仏陀』と呼ぶようになっていきました。
悟りを開き、『仏陀』と呼ばれるだけでも凄いのに、その中で別格と呼ばれる釈迦って何者?ってほど凄かったんでしょうね!
般若心経内容
【出典:訳 :故花山勝友氏】
この部分はタイトル的な感じ
存在が存在することの意味を説いたお経
観音菩薩が、深遠な知恵を完成するための実践をされている時、人間の心身を構成している五つの要素がいずれも本質的なものではないと見極めて、すべての苦しみを取り除かれたのである。
色蘊=肉体などの物質
受蘊=人間が感じるもの
想蘊=人間が想うもの
行蘊=人間が行うこと
識蘊=人間が認識するもの
そして舎利子に向かい、次のように述べた。舎利子よ、形あるものは実体がないことと同じことであり、実体がないからこそ一時的な形あるものとして存在するものである。したがって、形あるものはそのままで実体なきものであり、実体がないことがそのまま形あるものとなっているのだ。残りの、心の四つの働きの場合も、まったく同じことなのである。
舎利子よ、この世の中のあらゆる存在や現象には、実体がない、という性質があるから、もともと、生じたということもなく、滅したということもなく、よごれたものでもなく、浄らかなものでもなく、増えることもなく、減ることもないのである。
したがって、実体がないということの中には、形あるものはなく、感覚も念想も意志も知識もないし、眼・耳・鼻・舌・身体・心といった感覚器官もないし、形・音・香・味・触覚・心の対象、といったそれぞれの器官に対する対象もないし、それらを受けとめる、眼識から意識までのあらゆる分野もないのである。
さらに、悟りに対する無知もないし、無知がなくなることもない、ということからはじまって、ついには老と氏もなく、老と氏がなくなることもないことになる。
苦しみも、その原因も、それをなくすことも、そしてその方法もない。知ることもなければ、得ることもない。かくて、得ることもないのだから、悟りを求めている者は、知恵の完成に住する。
かくて心には何のさまたげもなく、さまたげがないから恐れがなく、あらゆる誤った考え方から遠く離れているので、永遠にしずかな境地に安住しているのである。
過去・現在・未来にわたる”正しく目覚めたものたち”は知恵を完成することによっているので、この上なき悟りを得るのである。したがって次のように知るがよい。
知恵の完成こそが偉大な真言であり、悟りのための真言であり、この上なき真言であり、比較するものがない真言なのである。
これこそが、あらゆる苦しみを除き、真実そのものであって虚妄ではないのである、と。そこで最後に、知恵の完成の真言を述べよう。
すなわち次のような真言である。往き往きて、彼岸に往き、完全に彼岸に到達した者こそ、悟りそのものである。めでたし。知恵の完成についてのもっとも肝要なものを説ける経典。
※この部分は、真実を見抜く般若の智慧です。 ここはあまり意味を訳さず、古代の言葉のまま読みましょう。
その咒文(じゅもん)とは・・ Gate Gate Pāragate Pārasamgate Bodhi Svāhā
[ガテー ガテー パーラガテー パーラサンガテー ボーディ スワーハー]
ギャーテーギャーテー ハーラーギャーテー ハラソーギャーテー ボウジーソワカー
般若心経は本当に深い!自分の存在が「空」(無い)・・深い。
存在が無いのだから、迷いも恐れも、「空」が故に無い!か・・悟りを開けたら、そんな風に思えるんでしょうね・・
煩悩の塊と思い知らされる日々の・・聖ママでしたww
聖天様(歓喜天)はそんな俗世の煩悩だらけのお願いも叶えてくださいます。迷いを捨て、ただひたすら信じて、一心不乱に願い、お縋りしましょう♡ご利益を授かっていない方はまだ半信半疑かもしれませんが、迷いが有る間は叶いません!
是非迷いを捨てて聖天様(歓喜天)を信じて下さい。本当に聖天様(歓喜天)はいらっしゃいます♡
合唱
皆様からのコメントお待ちしております。
読者様 各位
聖天様ブログを開設して約9ヶ月ですが、やっと聖ママの登場です!(笑)
しかも、すっかり読者になっていたようで「読者様ブログに載せてくれない?」と言われた時は金縛りでした。(笑)
こんな聖ママですが。宜しくお願い致します。
合掌
聖パパ
読者様
宜しくお願い致します。(^^ゞ(笑)
おはようございます。
聖ママ様、はじめまして!
深〜い話、ありがとうございます。
聖パパ様の金縛りは解けましたでしょうか(笑)?
お釈迦様については多少知ってはいましたが、勉強になりました。
また色々投稿して下さいね!
楽しみにしてます。
めいこ様
コメント頂けて凄く嬉しいです~❤
めいこ様のブログも読ませて頂きましたよ!
次の投稿も楽しみにしておりますね^^v
私は恥ずかしながら初投稿なので、もう少しで読者様ブログに投稿する所でした(笑)
あっ!聖パパの金縛りは解けましたよ!残念ながら・・・(笑)
これからは聖パパと一緒に私も投稿したいと思いますので応援して下さいね!
合掌