聖天様鎮座のいわれ-神楽坂聖天(安養寺)の聖天様編

安養寺
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聖天様鎮座のいわれ

【創建】

開基は慈覚大師円仁。

天正19年(1591)徳川家康公築城の時、城内平川口より田安へ換地。その後天和3年(1683)4月現今の神楽坂に移る。
※円仁は、第3代天台座主。慈覚大師ともいう。入唐八家の一人。
※入唐八家(最澄・空海・常暁・円行・円仁・恵運・円珍・宗叡)の一人。

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神楽坂聖天(安養寺)の聖天様は

近代における稀有の名僧第234代天台座主大椙覚宝猊下が拝まれていた聖天様がお祀りされています。

※天台座主=日本の天台宗の総本山である比叡山延暦寺の貫主(住職)で、天台宗の諸末寺を総監する役職。「山の座主」とも呼ばれた。

大椙覚宝とは

十萬枚護摩供法要の31番目の満行者が大椙覚宝であると書かれています。

比叡山の焼き討ち(1571年)で記録がなくなってしまったので、それ以前の詳しいことは分かりませんが、十萬枚護摩供法要を千日回峰行者・大行満阿闍梨として最初に始められたのは、三十一代・大椙覚宝阿闍梨であり、その後の441年で、たったの50人しか満行者が出ていないということです。

入唐八家(最澄・空海・常暁・円行・円仁・恵運・円珍・宗叡)の一人。

円仁は、第3代天台座主。慈覚大師ともいう。入唐八家の一人。

十萬枚護摩供法要を千日回峰行者・大行満阿闍梨として最初に始められたのは、三十一代・大椙覚宝阿闍梨であり、今をさかのぼること238年前・元治元年(1868)延暦寺大講堂において行われたという。

比叡山の焼き討ち(1571年)で記録がなくなってしまったので、それ以前の詳しいことは分かりませんが、その後の441年で、たったの50人しか満行者が出ていません。31番目の満行者が大椙覚宝である。

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