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疲れると謂う事

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僧侶様の法話

執筆者:瑞鳳天祥

今日は、疲れに付いてお話しましょう

さて最近は、癒しや疲れを取る為のグッツが流行して居ますし場合に因っては、小学生が栄養ドリンクを飲む時代と成りましたね

其の光景を見ながら末恐ろしい気もしますが・・・。
実際、其だけ老いも若きも世知辛い世の中で疲れて居ます。

疲れには、二通り有り肉体的な疲れと精神的疲れが有りますが現在の疲れの大半は、精神的疲れでは、無いでしょうか?

特に人間関係が原因と云うのでは、無いかと思います。
本来は、人間関係で疲れる事は、無いのですが何故なら幼少時代を思い出すと理解出来るかと思いますが幼少の頃は、人間関係で疲れたでしょうか?

恐らくは、思春期の辺りから自我に目覚め彼是と周囲を気にし始めた頃と思います。

要するに子供の頃表現出来た事が我の成長と共に【辛抱】では、無く【我慢】を強いられる形に変化したからですね

即ち無理に抑える為に歪みが生じ疲れる訳です。

何故に上手く付き合え無いのかと悩む方も大勢いらっしゃいますが

はっきり言って全てを治める事が出来るのは、聖人君子で無ければ不可能なのです。

では、如何にその問題を解決するかですが始めから構え無い事です。

人の心は、刻と共に変化します。
ですから始めから構える事は、楽器の弦を張り詰めた状態ですし其処に歪みが生じ「切れる→キレる」若しくは壊れる訳です。

実際の処、人に拠っては、気持ちが体に出る人も居ます。
以前お話しましたが心と体は、密接な関係に有りますから症状が出て当然ですが構える事で更に症状は、悪化しますね

その理由は、過去のトラウマや傷つく事、失敗への不安等樣々有りますが
その根本には、我見や妄執が付いて廻ります

要するに「こうだったら、こうしたら良かった」と云う「れば、たら」の妄想や
「こうしなきゃ、こうして名誉や地位を不動にしたい、〇〇を完璧にこなさなければ為らない」等の完璧に対する過敏過ぎる反応や決め付けが有ります。

故に其れ等の我見、妄執の縄を自分で造り自分を縛るのです。

是を【自縄自縛】と言いますがその本質を辿ると自分で造り出した樣々な決まりや縛りに捕らわれ身動きが取れずに更に構える事で一切の自由を奪われる訳です。

要するに我見、妄執の影響を受け【取り疲れる→執着する→自分の妄想、不安に憑かれる→自縄自縛→不自由→もがき、構える→疲れる】訳です。

其のの状況の解放の為に癒しや気分転換を図るのですが対処療法の為、一時的な効果しか得られ無いですし根本的な解決には、至りませんね

確かに癒しや気分転換は、必要ですがやはり根本的な解決が望ましいのは、云うまでも有りませんね

では、如何にその根本の解決に至るかですが

其の方法とは、自分の流れの根本を知る事と從うと云う事です。

從うと云う事は、服從や手下に為ると云う事では、無く流れに任せる自由に変化する意味が有ります。

要するに水が方円の器に従い雲が風に從い又草花が季節に從い姿を変えるように柔軟性を持って対応する事が肝要なのです。

即ち自分の流れの本質に有る大きな流れ自然界の流れを知る事が肝要なのですよ
自然界の流れは、雄大且つ悠久故に中々掴み辛いものですが自然界に生かされその恩恵を受けて居る事を知り委ねる事で不安や妄執が如何に小さい出来事かと思えるように成りますし心の余裕も生まれます。

時間が有れば今一度夜空を見上げ想像して下さい
幾千に広がる星空の輝きは、悠久の刻を経て届き貴方と云う存在も幾千の縁を経て存在するのですよ

確かに人の露命は、久しからず星の瞬き程の泡沫の夢の如く儚いものです。

其の様な【小さな世界に我を立て慢心して我が物としようとするから憑かれ、疲れる】のです。

それよりも大きな流れに從い自由な心を持つ事が何れだけ樂で有るかは、想像出来ると思います。

自由で柔軟で囚われ無い心が【行雲流水】の心ですし現代社会に必要な事ですし疲れ無い方法なのです。

要するに執着するが故に取り憑く訳ですが【無関心では、意味が有りません】

即ち何事も背負わず拘らず有りの儘を観て受け入れ流す事が肝要です。

謂わば心は、貴方の思いに従い動き其の動きは、【念】と成り【縁】を紡ぎます。
則ち心を御するのは、他人では、無く御自身に他成りませんから良い流れを望むので有れば先ず自身の心や行いを見直して心と対話する時間を設ける事が肝要で御座います。

天祥 九拝

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