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【聖天信仰】他力本願とは

円光観音様(瑞鳳天祥様)僧侶様の説法
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読者投稿:瑞鳳天祥様

皆様方日々ご精進の事と存じます。

さて本日は、他力本願に付いてお話致したいと思います。

此の他力本願と申します言葉は、一般的には、余り宜しく無い用いかたをして居り内容は、他人任せの意味合いで用いる事が多く御座いますが本義とは、別の誤った用いかたで御座います。

此の他力本願の出自は、親鸞上人の書かれました【歎異抄】で御座いますが其の三章に他力本願の本義が説かれて居ります。

其の一節を御紹介致しますと【善人なおもって往生を遂ぐいわや悪人をや】の有名な下りが御座います。

直訳致しますと善人は、終焉の際、阿弥陀様の本願に於て浄土に往けるしかし悪人も尚更、浄土に往ける

些か矛盾を感じる方も多いですね…。

何故なら一般的には、悪人は、地獄、善人は、極楽が相場ですから上記の内容なら悪習、悪事を重ねた方が良いと考えそうですが…。

此処で他力本願の本義が重要と成ってまいります。

此の他力本願の他力とは、所謂、【神力】を意味致しまして則ち御佛の不可思議な力、偉大な功徳力を意味し本願とは、今回は、阿弥陀様の願い【衆生を漏れなく救う】と為ります。

確かに善人は、其の功徳で極楽浄土【阿弥陀様の住む国】に往ける事が出来ますが悪人は、徳も有りませんし罪が有りますから逆に地獄への直行便と成ります。

しかし其の悪人で有っても蜘蛛の糸の如く救いは、御座いまして今の世に命有る内に改心し徳を積む事と成りますが人に因っては、余命僅かに其の事に気付く方も居られますし罪の重さでも其の報いは、変わります。

悪人は、改心した際、其の重圧や報いから逃れる為、神仏に縋ります。

其の姿は、真剣そのものですし藁にも縋る勢いです。

其の心には、一切の疑いも何も無くひたすら懇願する訳で御座いますが故に阿弥陀様は、其の願いを聞き入れ往生させて下さると申して居ります。

此の事は、形は、違えど【縋る】本質は、聖天信仰も同様で【縋る】と申しますは、溺れた際藁でも良いから助けを求める事ですから真剣そのものです。

お話は、逸れましたが只縋るだけでは、往生は、難しく御座います。

縋ると同時に【懺悔(さんげ)】も必要です。懺悔とは、謝る事ですが只口だけで謝っても佛様は、御存知ですから滅罪は、して頂けませんし其の縁も蜘蛛の糸の如く切れてしまいます。

真の懺悔とは、自身の罪の重さや行いを振り返り喩え命を取られたり生皮を剥がされようが何なる罰をも甘受する位の反省の心が必要ですし本当に深い反省して居るなら其の位の報いを永遠と思えても甘受し謝り続けられます。

悪人で有っても改心し他力を信じ一心に縋る故に其の本願に従い往生出来ると申して居ります。

此処では、善人と呼ばれる人に苦言を呈します。

「所謂、善人は、信仰に従い往生出来る徳を持つが本当の他力本願には、至って居ない何故なら本願【漏れなく救う】に従うならば其の徳をも他人の為に回向して更に精進し徳を積み延いては、悪人の為にも回向すべし」と申して居ります。

此が本当の他力本願で御座います。

謂わば信じて縋り尽くす事も重要ですが自身の徳分は、他者に回して他者に尽くす故に御佛の恩恵に預かれる訳で御座います。

此処で愚僧から一言で御座いますが信仰の中には、其の教えを強要したり不安を煽ったりする方も居られますが其れは、縋るでも回向でも無く盲信と申しまして御佛の教えに反します。

仏教は、中道と申しまして偏りの無い心の安心(あんじん)を与える為の心の哲学で御座います。

故に教えを強要したり偏ったり不安を与える事は、歪みを生みますし誤りで御座いますし更に縋ると言っても信仰と生活のバランスは、重要で御座います。

所謂、格好付けてするのでは、無く出来る事を尽くす事が肝要で御座いますし他者を喜ばせ、和を尊び、安心を分け合う事が肝要で御座います。

天祥 九拝

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