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聖天様鎮座のいわれ-栃木県の三光寺

三光寺
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台明山明星院三光寺

創建

三光寺の創建・開基、現在地への移転などについては不詳です。
応永年間(1394~1427年)というので、室町幕府将軍の足利義満、足利義持、足利義量の時代です。

宥覚上人が中興開山したとされているそうです。

弘法大師空海

宥覚上人が中興開山の際、弘仁9年(819)に弘法大師空海さんが疫病が蔓延し危機的状況になっていた事を受け1本の霊木から3躯の歓喜天像を彫刻されたのだとか。

そして、その3躯の内の1躯がこの三光寺の聖天様だと言われています。

日本三所聖天

この三光寺は、日本三所聖天のひとつとも言われています。
それは、弘法大師空海さんが3躯の歓喜天像を彫刻された1躯が、この三光寺にお祀りされていることによるものだとか…。

松平定信公

三光寺の聖天様は、徳川吉宗の孫にして、寛政の改革を行い江戸幕府の老中首座となった、松平定信公が篤く信仰した聖天様でもあるそうです。
松平定信公が三光寺の聖天様に「寛政の改革」を祈願し、成就されたと言われています。

「寛政の改革」成就の御礼

定信公直筆の〝「聖天」の扁額〟
〝絹本墨書 聖天掛軸〟
※絹本墨書 聖天掛軸は、「聖天」の文字が絹本に墨書された縦41㎝、幅80㎝大のもの。「文化八年辛末九月七日壬午書之」とあり、「従四位下左定信」と位置書が割書きで記されているもの)

等が奉納され、那須町指定文化財、寺宝となっているそうです。

境内に松を植樹

御礼の際、記念として境内に松を植樹したと伝えられていて、案内板によると「文化8年、白河城主松平定信(楽翁)公の当山本尊聖天扁額奉納記念として植樹されたと伝えられている。後年、名を松平の「松」楽翁の「翁」をとり「松翁」と名づけられた。その雄々しい姿は200年の歳月を経て見るものの目を圧倒している。なお那須の名木に指定されている。 三光寺」と書いているそうです。

本堂の格天井

そして、聖天様の本堂の格天井に高岡梧陽作といわれている花鳥図・野菜図の絵もあるそうです。

まとめ

なかなか見どころ満載の三光寺ですね。地元から親しみを込め聖天様と呼ばれていることも納得です。

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栃木県

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