その画面の向こうに、あなたの幸せはありません
スマートフォンを閉じたあと、ふっと心が重くなる。そんな夜はありませんか。誰かの楽しそうな写真、誰かの成功の報告、誰かの充実した毎日。それを見るたびに「それにくらべて私は」と、自分の心を小さく削っていく。私たち聖夫婦のもとには、そうした声がたくさん届きます。あなただけではありません。今日は、そんなあなたに聖天様のお言葉をお届けします。
あなたは、本当は疲れているのです
他人と比べてしまうあなたを、私たちは決して責めません。比べてしまうのは、あなたが真面目で、向上心があり、そして少しだけ疲れているからです。心に余裕があるとき、人は他人の幸せを素直に喜べます。けれど、自分の足元が不安なとき、他人の光がまぶしすぎて、目を細めてしまうのです。あなたが本当に感じているのは「劣等感」ではなく、「私はこのままで大丈夫だろうか」という、静かな不安ではないでしょうか。
聖天様のお言葉
すべてを見ておられる神様、聖天様は、比べることに疲れた人へ、こう語りかけてくださいます。
「そなたは他人の花ばかり数えておるのう。じゃが、そなたの庭にも、そなたにしか咲かせられぬ花があるのじゃ。隣の花が赤いからと、己の白い花を恥じる必要はどこにもない。ワシはずっと、そなたの花を見ておるぞ」
比べることは「悪」ではありません
ここで大切にしたいのは、比べてしまう自分を「ダメな人間だ」と裁かないことです。比べる心そのものは、勝ち負けでも善悪でもありません。それは、あなたがもっと良く生きたいと願う心の裏返しでもあるのです。ただ、その願いの矢印が、外へ外へと向きすぎているだけ。矢印を少しだけ、自分の内側へ戻してあげればよいのです。他人と比べるのをやめるのではなく、「他人を見る目」と同じくらい「自分を見る目」を持つ。それだけで、心はずいぶん軽くなります。
比べる相手は、いつも「昨日の自分」に
もし、どうしても何かと比べたくなったなら、その相手を「他人」ではなく「昨日のあなた」にしてみてください。昨日より少し優しくできた。昨日より少し早く起きられた。昨日より少しだけ、自分を許せた。その小さな差分こそ、あなただけの成長です。他人の庭の花は、あなたには育てられません。けれど、あなたの庭の花は、あなたにしか育てられないのです。
今日からできる、小さな一歩
今日、寝る前にひとつだけ、思い出してみてください。「今日、私ができたこと」をたった一つ。どんなに小さなことでも構いません。ご飯を作れた、仕事に行けた、誰かに「ありがとう」と言えた。それを一週間続けると、あなたは「足りないもの」ではなく「すでに持っているもの」に目が向くようになります。比べる心は、外を見つめる習慣から生まれます。ならば、内を見つめる習慣を、一つずつ育てていけばよいのです。
結びに
あなたが誰かと比べて眠れない夜も、聖天様はあなたの庭の、まだ誰にも気づかれていない小さな花を、ちゃんと見ておられます。今日はどうか、その花に、あなた自身が水をやってあげてください。あなたは、あなたのままで、じゅうぶんに尊いのです。
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