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御札を生かすか否かは人間次第

御札と御守
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これから書き記しますことは、聖天様の御札を例にし書き記しますが、聖天様の御札に限らず、いかなる寺社の御札でも、いかなる神仏様の御札でも、同じに御座います。

このブログを見る多くの聖天信者様が、それぞれ祈願寺で授かった聖天様の御札を自宅に祀られていると思います。しかし、その御札の霊験や御利益といった力は全てが同じでは御座いません。これは寺院によって異なるとか、御札の種類によって異なるとか、そんな意味では無く、仮に同じ寺院で授かった同じ種類の御札であっても、その霊験や御利益といった力は異なります。

例え同じ寺院で授かった同じ種類の御札であっても、Aさんが祀る聖天様の御札には凄まじい霊験や御利益といった力があるのに、Bさんが祀る聖天様の御札には全く霊験や御利益といった力がない。という場合が普通にあるのです。

しかし、Aさんが授かった御札も、Bさんが授かった御札も、授かった時の霊験や御利益といった力は同じなのです。つまり、御札に霊験や御利益といった力の差が出るのは授かった後なのです。

御札の霊験や御利益といった力を発揮できるか否かは、御札を授かってから決まります。

Aさんは御札を授かり御札に対し一生懸命に信仰します。Bさんは御札を授かり御札に対し何ら信仰せず置きっぱなしにします。Aさんの御札も、Bさんの御札も、授かった時の霊験や御利益といった力は同じでも、Aさんの御札は益々霊験や御利益といった力を増し、Bさんの御札は日に日に霊験や御利益といった力が減るのです。

御札は授かれば良いというものでは御座いません。授かった御札に、どれだけの霊験や御利益といった力があるのか否か、それは授かった人間によって違いが出てくるのです。

そういう意味では『御札を生かすか否かは人間次第』と言えるのです。

合掌

御札と御守

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