冷蔵庫の奥に何が入っているか、言えますか
突然の問いかけで恐縮です。今、あなたのお宅の冷蔵庫の、いちばん奥。そこに何が入っているか、扉を開けずに言えるでしょうか。
言えない方が、たぶん多いと思います。奥から出てきた容器のふたが曇っていて、中身が何だったのか思い出せない。そういうことが、どの家庭にも起こります。
今日はそのことを責めるお話ではありません。むしろ、いま家計のことで胸を痛めている方に、いちばん手をつけやすい場所をお伝えしたいのです。
削るところを探して、レシートを見つめている方へ
光熱費の明細を見て、ため息をつく。買い物のレシートを並べて、どこを減らせるか考える。スーパーで一度手に取ったものを、値段を見て棚に戻す。そういう日々を送っていらっしゃる方は、少なくありません。
けれど、削ろうとすると、暮らしが薄くなります。食べたいものを我慢し、行きたい場所をあきらめ、それでも通帳の数字はあまり変わらない。頑張っているのに報われない感じが続くと、人は自分を責め始めます。「うちは、やりくりが下手なのだ」と。
そうではない可能性があります。削る前に、すでに出ていってしまっているものがあるのです。
冷蔵庫の中身は、かたちを変えたお金です
当たり前のことを申し上げます。冷蔵庫に入っているものは、すべて、あなたが一度お金を払って手に入れたものです。
半分残ったソース。買ったことを忘れていた豆腐。特売で三つ買って、二つ使わなかった野菜。あれは食材の姿をしていますが、正体は、あなたが働いて得たお金です。かたちが変わっているだけなのです。
忘れられたものは、傷みます
そして、忘れられたものは傷みます。傷んだものは、捨てる他ありません。
つまり、冷蔵庫の奥で忘れられたということは、お金がそのまま流しに消えたのと同じことになります。レシートには残りません。家計簿にも「無駄」としては記録されません。だから気づかないまま、毎月、静かに続いていきます。
一回あたりは、数百円かもしれません。けれど月に何度か、それが一年続いたらどうでしょうか。削ろうとして我慢した金額と、たぶん同じくらいになります。
台所には、古くから神様がおられました
日本の家では、かまどに火の神をまつってきました。台所の火をお守りくださる荒神(こうじん)です。かまどのそばに小さな棚をもうけ、朝に手を合わせ、火を大切に扱う。それが当たり前の暮らしでした。
摂津(せっつ)の清荒神清澄寺(きよしこうじんせいちょうじ)──兵庫県宝塚市にある、火の神である荒神をまつるお寺です。ここには荒神とならんで、聖天様もお祀りされています。
つまり台所は、昔から「手を抜いてよい場所」ではなかったのです。火を扱い、命をつなぐものを扱う場所ですから、家の中でもっとも清らかに保つべき場所とされてきました。
整っている場所には、目が行き届きます
これは、精神論ではありません。単純な仕組みの話です。
奥まで見える冷蔵庫では、忘れ物が起きません。何があるか分かっていれば、同じものを買いません。使いかけのものが目に入れば、先に使います。結果として、捨てるものが減ります。
反対に、詰まっていて奥が見えない冷蔵庫では、必ず忘れ物が出ます。あなたの記憶力の問題ではなく、見えないものは思い出せないという、ただそれだけのことです。
聖天様のお言葉
「削るところを探しておるそなたが、よもや金をそのまま捨てるのか。台所を清浄に保つこと、これを軽んじてはならん。そなたの目が行きとどく家に、金はのこるのじゃ」
今日からできる小さな一歩
冷蔵庫の一段だけ、空にする
全部を片づけようとしないでください。それは今日には終わらず、途中で疲れて、やらなかったことになります。
決めるのは、一段だけです。いちばん奥が見えていない棚を一段選んで、そこにあるものを全部出します。出したら、三つに分けます。使えるもの、迷うもの、もう駄目なもの。
そして、使えるものだけを戻します。このとき、奥に詰めないでください。一段の後ろ半分は、空けておきます。空いていること自体が、「見える」という状態を作ります。
「迷うもの」は、明日の献立にする
迷うものが出てきたら、それを明日の献立にしてしまうのがいちばん確かです。冷蔵庫の扉に、紙を一枚貼ってください。そこに「明日つかうもの」と書いて、迷ったものの名前を書き出します。
献立を決めてから買い物に行くのではなく、家にあるものから献立を決める。順番を入れ替えるだけで、買い足す量が変わります。
シンクを拭いて、火のまわりを片づけて終える
最後に、シンクを一度拭いてください。水気を切って、布でひと拭き。それからコンロのまわりを片づけます。
これは仕上げの作業ですが、いちばん効きます。台所が整っていると、翌日そこに立つのが軽くなります。軽く立てる場所は、続けられる場所です。
結びに
家計のことで悩んでいる方は、もう十分に我慢をなさっています。欲しいものを我慢し、人付き合いを控え、自分の分を後回しにしてきた。そのうえで「まだ足りない」と言われるのは、あまりに酷なことです。
ですから、これ以上削るのはやめませんか。代わりに、すでに手元にあるものを、最後まで使い切ってください。それは我慢ではありません。あなたが払ったものを、あなたが受け取るという、当たり前のことです。
今日からはじめられること。でも、始めるかどうか決めるのもあなたです。
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