この世には、神様の存在や仏様の存在を、信じる人間がいれば信じない人間もいます。昔からテレビなんかでも霊能者と科学者のバトル番組など御座いましたが、結果的には水掛け論で終わります。
私ら夫婦は神様の存在や仏様の存在を信じるといいますか、実際に存在することを知っている人間なのですが、神仏様の存在を信じない人間に対し、無理して「神様も仏様も存在する」なんて言いませんし、ましてや無理して「信じなさい」とも言いません。信じる信じないは個々の自由であり、決して無理に押し付けるようなことでは無いからです。
この世の神様や仏様の存在を信じる人間は信じれば良いですし、信じない人間は信じなければ良いのです。神仏様の存在を信じる人間が信じない人間に対し「信じろ」ということに無理があり、神仏様を信じない人間が信じる人間に対し「信じるな」ということに無理があるのです。
神仏様を信じる人間でも、願い叶わぬ時に「この世に神様も仏様もない」と信じなくなる人間がいれば、神仏様を信じない人間でも、命に関わるような病を患った時に「神様仏様、助けて下さい」と神仏様を信じ救いを求めるという人間もいます。
もう昔の話ですが、ある神仏様を信じない男性が居ました。その男性は神仏様を信じないという意識から、お酒に酔えば「この世に神様も仏様もあるか」と、お地蔵様に小便を掛けたりしていました。
ある時、その男性は身体に異変を感じ、病院へ行きました。これまでの悪事による天罰なのか結果は癌でした。その男性の妻は神通力者に神仏様の助けを求めましたが、神通力者から「駄目だ、この人には神様も仏様も振り向かれない」と言われ、男性は苦しみながら命を落としたのです。
この世を生きるに、神仏様を信じないのは自由ですが、だからと言って悪事は働かないことです。自分が辛い状況になって、神仏様に救いを求めても、神仏様の救いの手は望めません。
但し、他の神仏様で叶わぬ願いも叶えてくれる聖天様に御縁を授かり一心不乱に信仰すれば、其れ相応の御利益を望めると存じます。
今回のブログは以上です。
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