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聖天様は御礼を軽んじる人間を嫌う

御礼
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聖夫婦

聖天信仰する上で、御礼は祈願より大切です。しかし多くの人間は、御礼より祈願を重んじます。これを聖天様は嫌います。本来は祈願より御礼を重んじるのが聖天信仰に御座います。これは聖天様に限らずであり、いかなる神様でも仏様でも祈願より御礼を重んじることが大切です。

最も駄目なことは祈願して願い叶うも御礼を怠る人です。これをすると聖天様も振り向かなくなり聖天様との御縁も切れてしまう場合が御座います。

人間同士でも同じですが、誰かに何かの頼み事をして聞いてくれるも、そのまま御礼せず放っておけば、相手も気分を害し「失礼な奴だ、もう二度と助けてやらない」と思うでしょう。そしてもう二度と頼み事など聞いてくれなくなります。しかし、頼み事した時以上に御礼をすれば、相手も「また何かあれば助けてあげよう」と思いますし、また助けてくれます。

聖天様も同じで、聖天様に何らかの祈願をして願い叶ったり願い叶う為の御利益を授かった時に、そのまま御礼を怠り放っておけば、聖天様も「無礼な奴だ」と、もう二度と御利益を授けて下さらず願い叶い難しとなるでしょう。そればかりか聖天様との御縁を失うことにもなる可能性は大きいかと存じます。

少し例をあげて紹介します。

Aさんは7座の祈祷を申し込み聖天様に祈願しました。そして願い叶いました。そこでAさんは速やかに聖天様に1座の御礼祈祷を申し込みました。

皆様、これをどう思われますか?

願い叶い「速やかに」御礼祈祷したことは大正解です。しかし、7座で祈願したにも関わらず御礼が1座というのが、御礼より祈願を重んじ御礼を軽んずる意識と行動であり駄目です。ここはやはり御礼も7座で行うか、それ以上の座数で行うか、または大般若経や別座で御礼するなど、祈願より御礼を重んじることが肝要に御座います。

Bさんは、寺院へ行って聖天様に祈願しました。そして願い叶いました。そこでBさんは速やかに家から聖天様に手を合わせ御礼しました。

皆様、これどう思われますか?

これも同じく「速やかに」御礼という気持ちは大正解ですが、寺院へ行って祈願したにも関わらず、御礼が自宅というのが、御礼より祈願を重んじる御礼を軽んずる意識と行動であり駄目です。ここはやはり寺院へ行って御礼するべきであり、祈願より御礼を重んじることが肝要に御座います。

あと、お賽銭や御供にしても同じであり、祈願の時より御礼の時を重んじるべきに御座います。

聖天様への祈願の仕方というのは、人それぞれに御座います。しかし、いかなる方法であれ、祈願で行った行動は、御礼でも行えるはずです。金銭的に厳しく祈祷で祈願できない人は、祈祷で御礼できないとしても、祈祷で祈願した人は、祈祷で御礼できるはずです。参拝できず家で祈願した人が参拝で御礼することできないとしても、参拝で祈願した人は、参拝で御礼できるはずです。

そこに祈願より御礼を重んずる意識があれば、其れ相応の行動が生まれること必然です。そこに祈願より御礼を軽んずる意識があれば、其れ相応の行動しか生まれないことも必然です。

但し、毎月継続し祈祷で祈願している人が、毎月継続し祈祷で御礼する必要あるかと言えば、そこまでの必要は御座いませんので安心して頂き、その御礼に関しての相談が御座いましたら、その祈願してきた方法による御礼の相談を承りますので、どうぞ気軽に無料相談から連絡して下さい。

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このように、聖天様へ長い期間かつ多くの座数で祈祷している人も多いので、これ一概には言えませんが、基本的に聖天様への御礼は、祈願と同等または祈願以上の御礼を行うことが肝要と言えます。

人間でも同じですが、御礼を重んじて気分を害する人は居ません。これ聖天様も同じに御座います。聖天様は祈願より御礼を軽んずる人間を嫌いますので、御礼は怠らず行うようにして下さい。

御礼で最も大切なのは金銭にあらず真心です。真心が意識となり意識が行動となり行動が結果となりますが故に、その真心は結果を見れば一目瞭然であり火を見るより明らかに御座います。

合掌
執筆者:聖パパ

聖天様 ご利益

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