これは聖天様(歓喜天)に限らずのことであり、全ての諸仏諸神様に対しても言えることですが、神社仏閣へ参拝した時に思うことがあります。
それは、お賽銭です。
神社仏閣へ参拝すると、お賽銭箱があります。
皆さんは、お賽銭にお金を入れる時、どのようにして入れますか?
多くの方が無意識に入れておられるかと思いますが、一度ゆっくり振り返ってみて下さい。
お賽銭の入れ方
自分自身もですが、参拝に行かれた時に他の方が、どのようにお賽銭を入れておられるか観察してみて下さい。
意外にも結構多くの方が、お賽銭を雑に入れていることに気が付かれるかと思います。
意外にも結構多くの方が、投げるようにお賽銭を入れていることに気が付かれるかと思います。
私もお賽銭箱の隣で合掌し祈願していると「じゃりじゃりじゃりじゃりじゃり~」という大きな音がしてビックリする時があります。
こんな投げるような入れ方で、大きな雑音をたてて、お賽銭を入れて、果たして聖天様(歓喜天)はじめ、諸仏諸神様が良い気持ちになるでしょうか。
はっきり言って、聖天様(歓喜天)や諸仏諸神に対し、お金を投げつけるような行為です。
人間でも、お金を投げつけられたら気を悪くしますよね!
お金は大切なものです。
お金は大切に扱わなくてはなりません。
しかも、聖天様(歓喜天)や諸仏諸神様に対し、お賽銭を投げつけるなど以ての外です。
本来、お賽銭を入れる時は、聖天様(歓喜天)や諸仏諸神様に感謝の気持ちを忘れず、そっと静かに入れるものです。
仮に投げつけている自覚がないとしても、大きな音がしたら投げつけているのと同じです。
お賽銭箱の入口付近まで手のひらでお賽銭を持ち、そっと静かに滑らせるように入れて下さい。
もちろん、初詣など人混みでお賽銭の前まで行けないとこは別ですが、それでも投げることは無礼という意識を持ちましょう。
聖天様(歓喜天)に商売繁盛や金運財運向上を祈願しても、お金を大切に扱わない、聖天様(歓喜天)に無作法な人間にご利益など御座いません。
目の前にあるのは、お賽銭箱と思わないで下さい。
そこにあるのは、聖天様(歓喜天)や諸仏諸神様の手の平だと思って下さい。
そうすれば自ずと感謝と御礼の意を込めて手渡すように入れるようになり、決して投げつけるなんて出来ないはずです。
合掌
執筆者:パパ
皆様からのコメントお待ちしております。
>目の前にあるのは、お賽銭箱と思わないで下さい。
>そこにあるのは、聖天様(歓喜天)や諸仏諸神様の手の平だと思って下さい。
わかりやすくてすばらしい例えで、思わず涙が出そうになりました。
素敵なコメント頂き有難う御座います。
>思わず涙が出そうになりました。
その心にご利益ありかと存じます。
これからも宜しくお願い致します。
合掌
日頃思っていたことを記載して頂きありがとうございます。
私も、聖天様は乞食ではないので、絶対に賽銭を投げるのではなしに、賽銭箱に押し戴いて感謝して御供するものと拝察します。
また、お札を御供する余裕のある方なら、心にも余裕を持って、そのまま入れる(敢えてそう表現します)のではなしに、熨斗袋に入れて御供頂ければと尊天も殊の外お慶び下さると拝察します。
なお、御供する金額ですが、尊天への感謝を現すものですから、無理のない範囲といっても、無理なお願いして、10円玉一つでは、尊天としても、やってられないという気になるというか、祈願者の本気度が伝えずらいと拝察します。
尊天は、ただ取ることはしません。御供頂いた以上のご加護を頂けますが、生駒でも待乳山でも、日頃の尊天への日々のお接待、お供物のご供養、山内整備、安全夜間参拝可能な様、警備員の人件費、電気代に充当されることに想起し、感謝の御供として頂けることを、一聖天様信者として、願って止みません。
貴重なコメント頂き有難う御座います。
他の読者様にも有り難いコメントにて、今後もコメントおよび読者様ブログなどご教示下されば幸いです。
聖天様から授かりし御縁に心から喜び感謝を致しますと共に、今後の御多幸を心から祈念致しております。
合掌