この世には、直ぐに他人を批判する人がいます。
しかし、それは批判だけでは終わりません。
批判は、結果的に不幸を招きます。
なぜか?
みなさんも想像してみて下さい。
誰かを批判する。
その批判は、決して批判だけで終わりません。
批判が続けば、次に批判が憎しみに変わります。
自分とは違う考えや思想であるが故に、批判し続けることで相手が憎くなるのです。
これ世の常です。
その憎しみも、決して憎しみだけで終わりません。
憎しみ続けることで、次に憎しみが悪念に変わります。
その悪念も、決して悪念だけで終わりません。
悪念は、やがて生霊になります。
そして、その生霊は必ず自分に返ります。
そして、自らの批判が生んだ生霊で、自らが不幸になるのです。
合掌
皆様からのコメントお待ちしております。
知っている人で、やはり批判が好きなひといます。しかもその人が悪いというわけでなく相手にひがあるのではと思える内容でしたが、それでもそのいっている人大病をわずらいさらに車にはねられそうになりました。そういえば私もよく批判的な話をよくしていましたが、やはり体はだるくなるは、悪い人間はくるはでろくなことはありませんでした。聖天様に祈願してでも悪口をいうくせなおしたほうがいいと自分でもおもっています。
以前、聖夫婦さんのブログと動画で紹介され今年の大河ドラマでやっている、主人公の兄豊臣秀吉について、話してみたいと思います。武家の出ではないのに、あの当時であの地位につけるのは、前代未聞ですが、それより凄いのは正式に天下統一をはたしたのは、秀吉が日本史上初めてです。あれ、でもその前に鎌倉幕府や室町幕府があったのではと、お思いの方がいるかとおもいますが、じつはどちらかというとあの時代一番力があったのは、鎌倉幕府、当時力をもっていたのは室町幕府といことであり、全国津々浦々の有力者に対して強制力があったわけではありません。(ちなみにのちに、徳川家康が天下をとりますが、時代劇のように大名に権力を使えたのは、三大将軍家光の時になってからです。)そんな、歴代の権力者たちができなかった、偉業はたした秀吉ですが、とあることを必ずしていたというよりしないようにしていました、それは人の悪口をいわないことでした。もしかしたら聖天様に悪口をいわないほうが、願いはかないやすいという教えを受けていたのかもしれません。(豊臣秀吉も徳川家康も
ともに聖天信者でした)