こんにちは。聖天様にお仕えする聖夫婦です。
何かがひと区切りついたあと、急に心が空っぽになる。今日は、ふいに訪れる虚しさを抱えるあなたへ、聖天様(しょうてんさま)の教えとともに、お話をさせてください。
ふいに訪れる、心の空白
夏の夕立がさっと過ぎたあとの、あの不思議な静けさ。それと同じように、忙しさや行事が終わったとたん、心がぽっかりと空いてしまうことがあります。やるべきことを終えたはずなのに、満たされるどころか、わけもなくむなしい。
その虚しさに、あなたは「何かがおかしいのだろうか」と不安になるかもしれません。けれど、それはこわれた心の印ではないのです。
空白は、新しい風が通る入口
雨に洗われたあとの地面は、すっきりと整い、これから新しい芽を迎える準備をしています。心の空白も、それと同じです。何かが過ぎ去り、いったん空いた場所には、これから新しいものが入ってくる余白が生まれているのです。
聖天様は、こう仰います。
「その虚しさは、こわれた心ではない。雨に洗われた地のように、あたらしい風の通り道じゃ」
虚しさを、急いで何かで埋めようとしなくてよいのです。その空白は、終わりではなく、次のはじまりへの入口なのですから。
今日からできる、小さな一歩
もし虚しさが訪れたら、窓を開けて、外の風を感じてみてください。雨上がりのように、心を通り抜けていく空気を、ただ味わう。何かをしようと焦らず、ただ風を感じる。それだけで十分です。
空白は、無理に埋めようとするほど苦しくなります。けれど、風が通るのに任せていれば、いつのまにか新しいものが、自然と入ってくるものなのです。
ひとりで抱えこまないでください
虚しさが長く続いて、何も手につかずつらいときは、私たち聖夫婦が無料相談でお話をうかがっています。気力が戻らない状態が続くようでしたら、専門の窓口に頼ることも、どうかためらわないでください。
あなたの心の空白に、やがてやさしい風が通り抜けていきますように。

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