母と妻、どちらも大切だからこそ苦しんでいませんか
私たち聖夫婦のもとには、介護にまつわる深いお悩みも寄せられます。なかでも胸を締めつけられるのが、介護される親と、介護を担う配偶者、その双方の思いの間で板挟みになっているというご相談です。
ある相談者様は、実の母親の介護を妻が担ってくれているものの、母からは「思うようにしてもらえない」という愚痴が、妻からは「負担が大きい」という愚痴が、それぞれ自分に向けられる、と打ち明けてくださいました。どちらの気持ちもわかるからこそ、どちらの味方にもなれず、間で心がすり減っていく。加えて、介護には交通費や食事代など目に見えにくいお金もかかり、その負担も静かに重なっていく。そんな苦しさは、当事者でなければわからないものです。
もしあなたが今、同じ場所に立っているのなら、まずお伝えしたいことがあります。どちらも大切に思うそのお気持ちこそ、あなたの誠実さの証です。
あなたは審判ではなく、二つの岸をつなぐ橋です
板挟みのなかにいると、どちらが正しいかを裁かなければならないように感じてしまいます。けれど、あなたの役割は、どちらかを勝たせる審判ではありません。あなたは、二つの岸をつなぐ橋なのです。
橋は、両方の岸に思いを渡し、双方が行き来できるようにする、なくてはならない存在です。母の思いを妻へ、妻の思いを母へと、そっと橋渡しをする。それはとても尊い役割です。けれど、橋にもまた重さの限界があります。休みなく荷を通し続ければ、どんな橋もいつか傷んでしまいます。
だからこそ、橋であるあなた自身が、時には休んでよいのです。休むことは、役割を投げ出すことではありません。長く橋であり続けるための、大切な手入れなのです。
聖天様のお言葉
「そなたが両の思いの間で心を痛めておること、ワシはよう見ておる。じゃがな、そなたは裁く者ではない。二つの岸をつなぐ橋じゃ。橋とて、時には休んでよいのじゃぞ。一人ですべてを支えようとせず、他の手を借りることは、橋を長う保つ知恵であろうのう」
聖天様のお言葉は、あなたにもっと頑張れと促すものではありません。むしろ、一人で背負い込みすぎているあなたに、荷を分かち合ってよいのだと、そっと許しを与えてくださっているのだと、私たちは感じております。
一人で背負わないための、小さな一歩
とはいえ、長く一人で支えてきた方ほど、助けを求めることに戸惑うものです。まずは、負担の少ないところから始めてみてください。
「少し力を貸してほしい」と口にしてみる
すべてを自分で抱え込まず、周りに「少し力を貸してほしい」と正直に伝えてみてください。母にも妻にも、それぞれの思いを受けとめたうえで、あなた一人では支えきれないことを、そっと言葉にしてよいのです。助けを求めることは弱さではなく、家族全体を守るための知恵です。
介護の負担は、専門の窓口を頼ってよい
介護にまつわる負担は、心の面でもお金の面でも、一人や一家庭で抱えきれるものではありません。お住まいの地域包括支援センターやケアマネジャーなど、専門の窓口では、利用できる制度やサービス、費用の軽減について相談に乗ってくれます。心の支えとあわせて、そうした頼れる場所に相談することを、どうか選択肢に入れてください。聖天様への祈りは、そうした専門的な支援に取って代わるものではなく、前を向く心を支えるものだと私たちは考えております。
あなたが健やかであることが、家族の支えになります
橋であるあなたが倒れてしまえば、二つの岸はつながりを失ってしまいます。だからこそ、あなた自身をいたわることは、決してわがままではありません。あなたが健やかであることこそが、家族全体を長く支える土台になるのです。
聖天様は、他の諸仏諸神に願っても叶わぬ願いさえ聞き届けてくださる、最後の砦とも称される仏教の神様です。その御名を知らずに過ごす方が多いなか、こうしてこのお話にたどり着いたあなたは、確かに御縁のある方だと私たちは感じております。
一人で背負い込む日々ではなく、手を借りながら、あなたも大切にされる日々が訪れますように。橋であるあなたも、どうか時には休んでください。
聖天様に願いを託したい方へ
もし、ご家族の平穏や、あなた自身の心身の健やかさを聖天様にお願いしたいとお思いでしたら、私たち聖夫婦が心を込めて祈祷を承っております。家庭円満や無病息災を願う祈祷は、あなたの日々をそっと後押しするものです。ご縁があればで結構です。よろしければ概要欄の各種御祈祷のご案内をご覧ください。あなたの心が少しでも軽くなることを、心より願っております。
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