こんにちは。
私たちは、どんな願いも叶えてくださる守護神、聖天様にお仕えする聖夫婦と申します。
このブログを開いてくださったということは、
きっとあなたの心の中に、
「叶えたい願い」
「どうにかしたい現状」
そんなものが、そっと息づいているのではないでしょうか。
今日は、
「こうしなければいけない」
「これが正解だ」
そんな話は、できるだけしません。
代わりに、
一緒に考える時間にできたらと思っています。
願いとは何か。
祈るとはどういうことか。
そして、なぜ聖天様は「どんな願いも構わない」と言われるのか。
ゆっくり、進んでいきましょう。
第1章:そもそも「願い」とは何でしょうか
願いと聞くと、
「欲張ってはいけない」
「大きすぎるとダメ」
そんなイメージを持つ方も多いですね。
でも、たとえば──
お腹が空いたとき、
「ご飯が食べたい」と思うのは、悪いことでしょうか。
疲れたとき、
「少し休みたい」と思うのは、わがままでしょうか。
願いとは、
心の状態を教えてくれるサインのようなものです。
聖天様は、
「その願いは立派かどうか」
「人に言えるかどうか」
そんなことは、問われません。
ただ、
「今、あなたの心は何を求めているのですか?」
そう、静かに見つめておられるのです。
第2章:願いが叶わないと感じるときに起きていること
「一生懸命願っているのに、叶わない」
そう感じるとき、ありますよね。
これは、たとえるなら──
ラジオの周波数が、ほんの少しだけズレている状態に似ています。
音楽は、流れている。
でも、こちらの受信が合っていない。
このとき必要なのは、
無理にアンテナを振り回すことではありません。
少し立ち止まり、
「今の自分は、どんな気持ちで願っているのか」
そこを一緒に見ていくことです。
不安からの願いか。
焦りからの願いか。
それとも、静かな希望なのか。
聖天様は、
その心の温度ごと、受け取ってくださいます。
第3章:聖天様が「どんな願いも構わない」と言われる理由
聖天様は、
人間の願いを「良い・悪い」で分けません。
それは、
親が子どもの話を聞く姿に、少し似ています。
泣きながら話す内容が、
支離滅裂でも、
「そんなこと言っちゃダメ」とは言いませんよね。
まず、
「そうだったんだね」
と、受け止めます。
聖天様の御前では、
本音であることが、何より大切です。
立派な言葉も、
きれいな願文も、
実は必要ありません。
第4章:祈りとは「お願い」ではなく「預ける」こと
祈りは、
「叶えてください!」と叫ぶことではありません。
たとえるなら、
重い荷物を、信頼できる人に
「少し持ってもらう」ようなもの。
全部自分で抱え込んでいたものを、
聖天様に、そっと預ける。
すると不思議なことに、
心の中に余白が生まれます。
その余白が、
現実を動かす余地になるのです。
第5章:聖夫婦が行う御祈祷で大切にしていること
私たち聖夫婦の御祈祷は、
「願いを上手にまとめる」ことが目的ではありません。
あなたの言葉にならない想い、
迷い、揺らぎ、弱さも含めて、
そのまま聖天様へお届けすること。
ですから、
願いがまとまっていなくても大丈夫です。
「こんな願いでいいのかな」
その気持ちごと、受け取ります。
第6章:御祈祷を受けた方に起きやすい変化
多くの方が、まず口にされるのは、
「状況はまだ同じなのに、心が違う」という言葉です。
焦りが少し減る。
視野が少し広がる。
選択肢に気づく。
その変化が、
やがて現実を動かしていきます。
聖天様の働きは、
とても静かで、
とても確かです。
第7章:あなたの願いを、一緒に見つめる時間
ここで少し、立ち止まりましょう。
今、あなたの心にある願いは、
どんな形をしていますか。
はっきり言葉になるものでも、
もやっとした感覚でも、
どちらでも構いません。
そのままで、大丈夫です。
第8章:御祈祷のご案内
最後に、御祈祷のご案内です。
どんな願いでも構いません。
全身全霊で行う御祈祷を通して、あなたの願いを聖天様へ丁寧にお届けします。
「こんな願いでもいいのかな」
そう思われた方ほど、ぜひお任せください。

あなたの願いを、
一人で抱え込まなくて大丈夫です。
まとめ
ここまでご一緒くださり、ありがとうございました。
このブログが、
あなたの願いを見つめ直す
小さなきっかけになれば、私たちは嬉しく思います。
また、聖天様の御前で、
お会いできる日を楽しみにしています。
合掌
皆様からのコメントお待ちしております。